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太陽の墓場

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大島渚監督作品。無法の街にはびこる性と暴力が織り成す残酷な青春を描く。

愚連隊信栄会の会長・信(津川雅彦)は、大きな縄張りをもつ大浜組に対抗するため、鉄の規律で子分たちを使い、会を大きくしようとしていた。しかし、小遣い銭欲しさから、ヤス(川津祐介)たちは信の目を盗んで、花子(炎加世子)たちが行う、日雇いたちから血を採る商売を手伝っていた。

詳細情報

音声言語
日本語
制作年
1960
制作国
日本
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公開開始日
2014-07-04 15:00:00
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太陽の墓場の評価・レビュー

3.7
観た人
469
観たい人
381
  • 3.8

    くろねこコロちさん2021/08/01 21:16

    マル秘色情めす市場もそうだけど、ザ、戦後の大阪の風景が好き。

    まだごちゃごちゃ建物が建ってなくて、空き地も適度にあって、通天閣や煙突が素敵で、そしていい意味で下品。

    たまらん感じの景色がてんこ盛り。

    ちょっとしか出てこないけど、左卜全の佇まいってホントにたまらんです。

  • 4.8

    ルサチマさん2021/06/29 12:44

    西成のあいりん地区に存在する食堂で複数の日雇い労働に従事する老若男女が座席の境界を越えた会話の応酬をしたのちに慌しく席を立つ。ワンカットの中で全ての世界が表象されている卓越したフレーミングと導線設計、そして俳優の身体をねじった身振りの連鎖の鋭さに、何が起こっているのか全く理解が出来ず、繰り返し観てしまった。

    映画における労働として例えばジャン・ヴィゴの『新学期・操行ゼロ』を重ねてみる。
    宙に舞うドキュメント(文献)のシーンを観て、ヴィゴの枕の中の羽毛が宙に舞うショットを彷彿とさせられるというだけでない。
    もちろん大島渚の今作には新学期を迎えて憂鬱になるような子供の姿は見当たらない。しかしそれでもヴィゴ的だとするならば、そこにはクソみたいな規則に塗れた学校生活(行政)を敵対視する代わりに、学生たちが自ら主体となって学園生活の変革を願う姿勢そのものの批評性が『太陽の墓場』の労働者たちの生々しい肉体を通じて表象されている点にあると思う。

    日雇い労働者たちは自らの肉体さえも差し出せなくなった果てに自らの血と戸籍を画面上の赤として差し出すが、その赤さはゴダールがかつて語っていたように血統という伝統から断ち切られた単なる赤さとして画面に存在する。リアリズムはそこには全く見出せない代わりに、あらゆる労働者が一緒くたに同じ赤を提示してしまったこと。彼らが個としての戸籍や血統がどこにもない存在であることを画面上の赤さは色濃く物語る。

    そして映画のタイトルとして掲げられている太陽は、彼らが労働し、闘争する昼間の時間の象徴として存在する代わりに、太陽が消える夜は生の営みとして男女が繋がりあったり、飯を食べることが印象的だ。
    しかしながら映画の後半の夜(太陽が墓場へと沈む時間)は最早、生の営みというよりも死の営みとしての側面が強められ、クライマックスの闘争へと結ばれていく。

    そのとき、労働者たちが自ら生活圏を変革することを願うヴィゴ的な希望は、彼ら労働者同士が殺し合いの中で犠牲を生まざるを得ないことを客観視させられ、生への営みそのものがいかに困難な存在であるかを露呈させる。

    今考えられることとして、この映画の成り行きの予兆として確かに存在した、この映画の食堂シーンで何が起きていたか、繰り返し検討し、観察していくしかない。

  • −−

    Shinoさん2021/06/04 20:50

    『愛のコリーダ』の再上映が楽しみ過ぎて、取り敢えず大島渚を数本また観ようかとこの作品にしました♪
    舞台も大阪で馴染みがあるので楽しみにしながら鑑賞したんですが、何故か自分にはあまりハマらず……
    あの土臭い感じや口の悪さもストーリーも良かったんですが、大阪弁が似非っぽく聞こえたのは私だけですかね?「なんかちょっと違う」って引っ掛かりながら観てました。笑
    そこが結構ハマらなかった原因かも……笑
    かなり個人的な意見なので、スコア付けないでおきます〜!

  • 3.6

    shawさん2021/05/20 21:25

    戦後日本、大阪のドヤ街。社会の最下層で生活する人間たちの生き様を描いた群像劇。

    大島渚の最初期の作品で、やはり戦争と権力に対する強い反発の精神、そしてのちの"大島組"となる俳優の何人かがすでに出演している。

    絵の具の重ね塗りのような強烈な暖色系の画面の中で、暑さに滴る汗の光、また役者たちの顔の圧がすんごい。パワフル。

    生きるためには血を売って、物を盗んで、そして取引などして、分け前を得る。

    人が死んでも誰も叫ばない。そのかわり、ポケットを探り、身包み剥がしてそのまま放置。何もなければ人を殺せ。そこからまた何かを手に入れる。

    救いのない話だが、監督の溢れるメッセージが貫かれた、初期作の形として素晴らしい作品に仕上がったのでは?

  • −−

    あさん2021/05/17 23:52

    「どんと行こうぜ」といい今作といい、若い頃の津川雅彦にいまいちノれない。変わろうというエネルギーが大きさが故に、何を、どうしているのか、方位磁石がめちゃくちゃに振れる、振り切った先の焔の美しさよ。

  • 3.5

    Rさん2021/05/10 22:52

    大島渚監督作品。
    夕日の綺麗な場面から始まるこの映画は、大阪が舞台。
    通天閣をバックに歩く男たち、そして喧嘩場面へ。ドヤ街という戦後日本の底辺に生きる人々を描いている。
    全編にまんべんなく流れる音楽の(特にギターの)しらべが耳に残る。

    スラムの人々は、血を売ったり、戸籍を売ったりと怪しげな売買を行っている。
    伴淳三郎の「ニッポンはおしまいや」という痛烈なセリフ、終盤の「日本はもっとマシになるんか?! ここにおるルンペンはおらんようになるんか?!」は社会批判に聞こえる。

    この映画製作過程では、釜ヶ崎という場所にオープンセットを作る(大島監督)/作らない(松竹)ともめたらしいが、結局は大島監督の言うとおりにスラムの雰囲気を出すには釜ヶ崎ロケが不可欠ということで、この映像ができあがったようだ。

  • 4.5

    もりけんさん2021/05/09 04:12

    汗と垢と煙草の匂いが画面からでも匂ってくる。
    そんな気がした。
    今の西成がどうなってるのか、気になって東京から足を運んだが、当時の撮影場所がそのまま、多数残っていた。

  • −−

    bunrokuさん2021/05/03 00:57

    このテンションはやはり尋常じゃない。いくつものエピソードや人物がひとつのカットのなかに溢れ返り、未消化のままラストの混沌に突入していく。なかなか冷静には見てられず、見ている私の心もささくれ立ってくる。状況を描くというより、やばい状況を作り出す映画。だからやっぱり疲れちゃいますね。

  • 3.4

    yusukepacinoさん2021/04/23 19:50

    戦後の大阪のドヤ街で繰り広げられ見せつけられる若者と周囲の大人達の生活の一片と青春。堕ちて生きていく、生き抜く困難さ。まるで貧民窟のような場所での生活。貧困の中で生まれ活かされる悪知恵。無法とはこうまで人を自由にさせるか。画面越しでも汗や人間の臭い、生活臭まで漂ってきそうな汚さ。時代は違えど黒澤明の『どん底』などでも感じたあれ。どうしても大島渚の青春には爽やかさがなく死がつきまとう。時代なのだろうか。

  • 3.6

    ほそじまさん2021/04/20 13:31

    戦後大阪のドヤ街を野良犬の如く生きる若者達。「ちょっとでも動くの止めたらそれでオシマイなんや、駒みたいなもんやな」

    当時まだ30歳にも満たない大島渚の初期作品だが既にギラついた芸術精神が剥き出しに。同年公開の『青春残酷物語(1960年)』と通ずるところがいくつかあった。

    「隣のオバハン口説いたらええやないか」のあと歯ブラシゴシゴシしながらミーミー言ってるオバハン登場するの面白過ぎる

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    ※ニックネームに(エンタメナビ)の表示があるレビューは、2016年11月30日までに「楽天エンタメナビ」に投稿されたものを掲載しております。

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