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ハンナ・アーレント

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ユダヤ人女性哲学者、ハンナ・アーレントの波乱に満ちた人生を実話に基づいて映画化。

かの有名なナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、独自のレポートを世に発表、大スキャンダルを巻き起こしたユダヤ人女性哲学者、ハンナ・アーレント。その生きざまと現代にも通じるメッセージを、魂を揺さぶる重厚なるドラマとして描ききった傑作。
誰からも敬愛される高名な哲学者から一転、世界中から激しいバッシングを浴びた女性がいる。彼女の名はハンナ・アーレント、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人。1960年代初頭、何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、逃亡先で逮捕された。アーレントは、イスラエルで行われた歴史的裁判に立ち会い、ザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表、その衝撃的な内容に世論は揺れる…。「考えることで、人間は強くなる」という信念のもと、世間から激しい非難を浴びて思い悩みながらも、アイヒマンの<悪の凡庸さ>を主張し続けたアーレント。歴史にその名を刻み、波乱に満ちた人生を実話に基づいて映画化、半世紀を超えてアーレントが本当に伝えたかった<真実>が、今明かされる─。

詳細情報

原題
HANNAH ARENDT
音声言語
ドイツ語
字幕言語
日本語
制作年
2012
制作国
ドイツ・ルクセンブルク・フランス
対応端末
公開開始日
2014-08-22 15:00:00
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ハンナ・アーレントの評価・レビュー

3.8
観た人
3639
観たい人
4753
  • 3.3

    horsetailさん2021/06/17 11:41

    アイヒマン裁判の傍聴から、「イスラエルのアイヒマン」をニューヨーカーに寄稿、バッシングにさらされるまでを描く。途中、若い頃のハイデッガーとの師弟・恋愛関係が挿入されるが、中年夫婦の愛情表現過多、ハグやらキスやら、に飽きた視聴者へのサービスでしかない。
    「イスラエルのアイヒマン」の結論、〈凡庸な悪〉は裁判でのアイヒマンの態度だけで導かれたのであろうか。アーレントの主著、『全体主義の起源』から直接つながっているのではないだろうか。アーレントを哲学者として見れば、主著との関係を考えるのは当然なのに、裁判だけに限るのは彼女が女性だからだろうか。
    ふと思い立って、イスラエルのニュースを検索してみた。イスラエル空軍は昨日もガザ地区を空爆している。空爆した飛行機の操縦士も彼に司令を与えた上官もまた彼を飛行場まで運んだ運転手もまた〈凡庸な悪〉人でアイヒマンに連なる、と書くと話が大きくなりすぎ、曖昧になる。

  • 4.2

    しまけいたさん2021/06/17 01:13

    複数からなるテーマを本当に本当によく描き切っている。こんなに人間の本質をうまく描いている映画って滅多にないと思う。キャラクターとしての旦那や友人の使い方、小物としてのタバコの使い方どれをとってもめちゃくちゃうまい。そして最後の演説はきっちり映画的カタルシスまである。全体を通してかなり良くできすぎている。

    個人的には自虐しかできないドイツがこのアイヒマン裁判を題材にした映画を製作してどう着地するんだろうって思って見始めたんだけど、きちんとナチス時代の反省に着地してるところに感心した。

  • 4.2

    bluemercenaryさん2021/06/16 15:59

    "凡庸な悪"
    これがアーレントによるアイヒマン評。
    凡庸な一市民は指示に従っただけ-――――職務遂行に伴い思考停止。
    凡庸な人間が悪になり得る可能性と、そうならないための思考の継続≒知性。
    彼女の云わんとしているのはこの辺。
    そして、ここにもう一つ事実に基づく主張があった。
    彼女を糾弾した人々は別の意味で"思考停止"に陥って、もう一つの事実は置き去りにしてしまっていた。


    思考継続には強さ(意志だったり、教養だったり)が必要。
    批判する人々にはそれが足りなかった。
    人によっては事情もあったのだけど。

    浅学非才な俺様にはちょっと衝撃的な作品。
    "凡庸な悪"論議は継続中らしい。
    偶然にも映画の前後で読んでいたのが「悪と仮面のルール/中村文則」
    似たようなテーマが出てきておる。

    何が正しくて、何が悪いのか。
    総括の先送りが招いた歴史の混乱が叫ばれる昨今。
    知性≒思考継続は国家でも個人でも大切ね。

  • 3.8

    映画猿さん2021/06/11 23:17

    ユダヤ人を侮辱した!ナチを擁護している!とヒステリックに叫ぶこと自体が、一種の全体主義によるものであるという皮肉。

  • 4.0

    Yoshikaさん2021/06/11 23:00

    真実を伝える、時にはそれすら批判される。
    でも、自分のそうであって欲しい期待ばかりにしがみついて、真実を見ようとしない、考えようとしないことが1番危険。
    今の日本にも、言えるように思う。

  • 4.0

    Taulさん2021/06/09 01:29

    『ハンナ・アーレント』女性哲学者の信念を描く力作。アイヒマンに象徴される悪の凡庸さは、現代にも潜む問題として考えさせられる。映画はいろいろ欲張りすぎて主題の掘り下げが甘い感じももあったが、全体にセンスがよくて特に講演のシーンは胸を打つ。

    『ハンナ・アーレント』は梅田ガーデンシネマ。初日ということで立ち見も出て混雑してた。ちょっと難しい映画なので、公式サイトの「キーワード」のページは見ておいたほうがいいかも。個人的には哲学をかじっていたので、哲学的な要素やハイデッガーあたりをもう少し詳しく描いてほしかった。

    2013年11月鑑賞

  • 4.0

    いち麦さん2021/06/07 16:59

    アイヒマン裁判を極めて理性的に分析した彼女の主張を全面に押し出しながらも、若き日のハイデッガーとの興味津々なシーン挿入で飽きさせない。全体主義の犯罪性について学ぶべき時代に今まだ生きていることを痛感。

  • −−

    ここあさん2021/06/02 12:44

    イエルサレムのアイヒマンは読んだことはないけど、この映画をきっかけに読んでみようと思った。思考することの大事さがわかりやすいくらい伝わる。映画としてはかなり地味だけど、知るべきことなので関連する作品も観ていきたいと思った。

  • 5.0

    sasamiさん2021/05/25 00:51

    ナチでユダヤ人移送を担当していたアイヒマンの裁判。
    どんな凶悪な人間かと思っていたら、それは法と命令に忠実な、どこにでもいる平凡な男だった。

    ナチの大虐殺を生み出したきっかけは確かに、ヒトラーやヒムラーみたいな極端な差別主義者だったかもしれない。
    でもそのひと握りの悪の力をあそこまで増長し最大化してナチス・ドイツを作り上げてしまったのは、勤勉で忠実な、労働で疲れた、「思考を放棄した大多数の凡人」だったのでは?
    これは現代では当たり前に語られるナチへの見方だけれど、当時それに気づいて記事にしたハンナアレントは大バッシングを受けてしまう。
    けど、彼女の主張の本質を理解せずに彼女を傲慢だ親ナチだと罵る誹謗中傷こそ、最も恐ろしい「思考停止」の産物のように感じられた。
    旧い学友や家族同然の友人を失っても主張を曲げない彼女の信念がすごくかっこよかった。

    彼女が最後まで負けずに提示し続けた命題が、ナチの行為を「昔外国で起きた極悪人による虐殺」ではなく「いつでもどこでも起こりうる自分事」という当事者意識を、21世紀の私達に持たせてくれているのだと思う。
    私達現代人は労働ばかりで疲れてるし、SNSが充実して常に他人と繋がってる。だけどそういう私達こそ、自分と対話すること、自分の頭で考えることを忘れちゃダメだ。
    そして、ナチスを生んだのは、今の日本と同じような民主制が敷かれていたドイツだったことも忘れちゃダメだ。

    あと個人的に、ハインリヒとの関係性が凄く素敵で好きだった。結婚願望とか全然無いけど、あんな夫婦になれるならいいなぁ。笑

  • 3.5

    マルメニさん2021/05/23 00:51

    アイヒマンもの映画が色々ある中、アイヒマン裁判を語る上で外せない方ハンナ・アーレント。やっと見れた!
    悪の凡庸さという言葉は有名だけれど、これでやっとどういう経緯を持って生まれた言葉なのか知ることができた。
    彼女の書いたアイヒマン裁判の一連の記事はアイヒマンの援護であり同胞への冒涜だと、ユダヤ人を中心に大バッシングに発展する。
    新しい視点での思考による先入観の破壊や立ち位置の転換は、被害者にとって受け入れ難い混乱や痛みをもたらした。
    友人を失い、自分も傷つき、職も失いそうになる中、なお力強く考えることの大切さを説く最後のシーンはとてもよかった。

    アイヒマン裁判について語る時、私たちは理解を試みなければならない、理解する責任がある、そして理解を試みることと許しは別なのだと、映画の最後の講義でアーレントは語っていた。
    それから思考することの大切さについて。アイヒマンは思考する能力を放棄し、モラルまで判断不能となった。
    思考の風がもたらすのは知識ではなく、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力だと。
    「私が望むのは考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても考え抜くことで破滅に至らぬよう」
    この言葉の輝くような力強さ!
    これまでアイヒマンの一連の映画を見てきて、今こうしてアーレントの映画を見て。
    今でこそ私は、アイヒマン裁判について「悪の凡庸さ」という言葉を知っており、ちっとも大悪人然としていないしょぼくれた小役人のような平凡なアイヒマンの実像を知っている。
    でもこれは自分で考えるより前にすでに知識として知っていたことで、受け売りに過ぎない。私は何か自分で考えてきただろうか。
    考える事こそが人を人たらしめ、人を強くする。私も自分で考えていかなければ、と、そんなことを思いました。
    アーレントやアイヒマンに関しては、なお新しい論点が生まれ続けているのを見ながら、なかなかそこまで追いつけないでいたのでまずはここからという所なのだけど、これからもっと考えて行けたらな。

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    ※ニックネームに(エンタメナビ)の表示があるレビューは、2016年11月30日までに「楽天エンタメナビ」に投稿されたものを掲載しております。

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